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ブラックマヨネーズ「ボウリングの球」
ブラックマヨネーズはボケでブツブツの吉田敬(よしだたかし)と、小杉竜一(こすぎりゅういち)のコンビ。吉本興業の大阪NSC13期生として1994年に二人は出会うも、当時はそれぞれ別のコンビを組んでおり、ブラックマヨネーズとしてコンビ結成となったのは1998年。
ボウリングの球一個で妙な想像力を働かせる吉田の「でもなー」だけでちょっと笑ってしまいそう。最近の若手漫才師のなかで、映像なしの声だけ聞いても笑わせられるシャベクリ漫才師はブラックマヨネーズくらいなのではないだろうか。
多少古典的かもしれないが、飽きのこない味わい深い芸が冴え渡ったM-1グランプリでの決勝のネタ。
ブラックマヨネーズ「引越し」
ブラックマヨネーズはボケでブツブツの吉田敬(よしだたかし)と、小杉竜一(こすぎりゅういち)のコンビ。「ブラマヨ」「ハゲの小杉」「ブツブツの吉田」という愛称で最近急速にお茶の間にとけ込んでいるブラックマヨネーズ。
吉本興業の1994年大阪NSC13期生の同期だが、当時はそれぞれ別のコンビを組んでおり、ブラックマヨネーズとしてコンビ結成となったのは1998年。
ZAIMANでのブラマヨのネタ「引越し」。つかみもさすが。オチはブラマヨ風味。それにしても滑舌が素晴らしい。どんだけ練習しているんだろう。
ブラックマヨネーズ「リモコン式便器」
ブラックマヨネーズはボケでブツブツの吉田敬(よしだたかし)と、小杉竜一(こすぎりゅういち)のコンビ。ブラマヨと呼ばれ、「ハゲの小杉」「ブツブツの吉田」という愛称も。
吉本興業の大阪NSC13期生として1994年に二人は出会うも、当時はそれぞれ別のコンビを組んでおり、ブラックマヨネーズとしてコンビ結成となったのは1998年。
関西ではトークで絶大な人気を誇っていたが、全国的にブレイクしたのはM-1グランプリ。だが、M-1優勝後、吉田は失恋の痛手でメディアへの露出が激減。ほとぼりが冷め、世がチュートリアルで盛り上がりつつあった頃から吉田復活し、メディアへの露出も増えた。若手芸人の中で、トークもネタもいけるため、頭ひとつ抜けている存在。
このネタでは小杉髪の毛まだふわふわ!
ブラックマヨネーズ「お母さんにプレゼント」
ブラックマヨネーズはボケでブツブツの吉田敬(よしだたかし)と、小杉竜一(こすぎりゅういち)のコンビ。ブラマヨと呼ばれ、「ハゲの小杉」「ブツブツの吉田」という愛称もある。吉本興業の大阪NSC13期生として1994年に二人は出会うも、当時はそれぞれ別のコンビを組んでおり、ブラックマヨネーズとしてコンビ結成となったのは1998年。
ブツブツの吉田が軽くボケ、すかさず小杉がツッコムが、それに対して吉田がツッコム。笑い飯がわかりやすく二人同時ボケをしているのに対して、ブラマヨは非常に巧妙にボケ合っている。技術もトークも素晴らしい。たまらん。
ブラックマヨネーズ「お見舞い」
ブラックマヨネーズはボケでブツブツの吉田敬(よしだたかし)と、小杉竜一(こすぎりゅういち)のコンビ。愛称は「ブラマヨ」「ハゲの小杉」「ブツブツの吉田」など。
吉本興業の大阪NSC13期生として1994年に二人は出会うも、当時はそれぞれ別のコンビを組んでおり、1998年にブラックマヨネーズとしてコンビ結成。
吉田がボケて、小杉がツッコんで、ツッコまれた吉田が小杉にツッコミ、つっこみ合いの応酬。正論っぽいツッコミこそがボケに繋がっていることで、のりツッコミ的な面白さと、滑舌の良さから生じるテンポで、今最も注目されている若手シャベクリ漫才師。
はねるのトビラなどのバラエティ番組に出ることで、もともとの持ち味でもあるトークが冴え渡っていて、露出がようやく増えて来た。
ブラックマヨネーズ 「格闘技」08/01/11
ブラックマヨネーズはボケでブツブツの吉田敬(よしだたかし)と、小杉竜一(こすぎりゅういち)のコンビ。ブラマヨと呼ばれ、「ハゲの小杉」「ブツブツの吉田」という愛称もある。吉本興業の大阪NSC13期生として1994年に二人は出会うも、当時はそれぞれ別のコンビを組んでおり、ブラックマヨネーズとしてコンビ結成となったのは1998年。
トークでは以前から定評があったが、コントや漫才ではいまいちと言われていたが、吉田が一人でネタを考えるやり方から、二人で思いついた会話形式のネタを考えるやり方に変更したことで、軽快なテンポなのに、ぼやき漫才のような独特のブラックマヨネーズの漫才が確率されていった。
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