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桂枝雀「代書(代書屋)」※注:中のみ
桂枝雀(かつら しじゃく)桂枝雀は、1960年に神戸大学を1年で辞めて3代目桂米朝に入門。そして1973年10月に「2代目桂枝雀」を襲名。
師匠である3代目桂米朝とともに上方落語界を代表する人気噺家「爆笑王」と言われるようになったが、笑いにストイックのあまりうつ病となり、自身では「死ぬのが怖い病」と称したうつ病が原因か1999年3月に自殺未遂。そして4月19日に心不全で死去。享年59というあまりにも若い年齢でこの世を去った。
落語の世界は古い。古典落語という、落語家が代々受け継いできたネタが多くあり、それぞれの落語家によって、得意なネタ、不得意なネタがあった。師匠によってもそれがあり、弟子たちは直接の師匠からだけでなく、あちこちの師匠から話しを聞いたりして学んで芸を磨いていった。この「代書(代書屋)」は、桂枝雀の大師匠、4代目桂米團治の作によるネタで、桂枝雀の十八番のひとつだった。
代書屋は、今で言うとちょっと行政書士のようなもの。ちなみに「1月1日で太閤(たいこう)さんと同じ誕生日」の太閤さんは、豊臣秀吉のこと。
落語の最初のお喋りの部分「枕」と、話しが下って行くオチの部分がない、真ん中部分だけだけど、悔しい思いをせず物凄く楽しめます。
桂枝雀「道具屋」
桂枝雀(かつら しじゃく)桂枝雀は、1960年に神戸大学を1年で辞めて3代目桂米朝に入門。そして1973年10月に「2代目桂枝雀」を襲名。
師匠である3代目桂米朝とともに上方落語界を代表する人気噺家「爆笑王」と言われるようになったが、笑いにストイックのあまりうつ病となり、自身では「死ぬのが怖い病」と称したうつ病が原因か1999年3月に自殺未遂。そして4月19日に心不全で死去。享年59というあまりにも若い年齢でこの世を去った。
座布団に座って一人で喋っているだけなのに、聞いて見ているうちに、ちょっとした小説を読んでいるような感覚になる落語。夜しっぽりお酒でも飲みながら笑いながら気持ちよくなりたい。
桂枝雀「上燗屋(首提灯)」
桂枝雀(かつら しじゃく)上岡龍太郎も「幻の兄弟子」と尊敬していた桂枝雀は、1960年に神戸大学を1年で辞めて3代目桂米朝に入門。そして1973年10月に「2代目桂枝雀」を襲名。
師匠である3代目桂米朝とともに上方落語界を代表する人気噺家と言われるようになったが、笑いにストイックのあまりうつ病となり、自身では「死ぬのが怖い病」と称したうつ病のせいか1999年3月に自殺未遂、そして4月19日に心不全で死去。享年59というあまりにも若い年齢でこの世を去った。
YouTube動画では落語の最初のお喋り「枕」がないし、ボリュームがちょっと小さいのが残念だけど、それにしても面白い。酒を飲む仕草がたまらん。酔っぱらい酔っぱらい。ひたすら酔ってる姿が素晴らしい。見ているこちらも酔っぱらいたくなる。
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